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東京地方裁判所 昭和28年(ワ)5176号 判決 1957年3月07日

原告 あかつき印刷株式会社

被告 国

訴訟代理人 小林定人 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に四、八三八、〇〇〇円とこれにつき昭和二八年七月五日から支払ずみまで年五分の割合による金員とを支払わなければならない、訴訟費用は被告の負担とする」との判決と担保を条件とする仮執行の宣言とを求め、次のように述べた。

「原告は印刷業を営む会社である。その受注業務のうちには、日本共産党中央機関紙の日刊新聞「アカハタ」の印刷もあるが、それは総受注量の二割程度にすぎない。

ところが、昭和二五年六月、被告国は内閣総理大臣吉田茂の名で右「アカハタ」の発行停止処分を命じると、同月二八日法務府特別審査局の係員は右停止処分を執行するとして原告の代々木工場に来、同工場内で原告が使用していたマリノ輪転機二台をはじめ印刷機械器具の全部を封印差押えその使用を禁止したのみか、右工場建物全部をくぎづけ封印して閉鎖し、原告の立入使用を禁止した。

右閉鎖のため、原告は機械建物等を損傷され、さらに、昭和二七年四月二八日右差押が解除されるまでの一年一〇月間右工場、機械を使用できなかつたことも加わり、次のとおり損害を受けた。

1、一三〇万円、作業不能期間中原告従業員に支払つた給料一月分

2、一五〇万円、作業不能のため、原告従業員を解雇し、支払つた退職金

3、六七六万円、工場閉鎖のため回収不能となつた売掛金

4、三九八、一八二円、工場閉鎖のため回収不能となつた立替金

5、三四二、九六六円、工場閉鎖のため損傷した用紙の面

6、一七、八二七円、同様損傷した資材の価

7、一五万円、工場閉鎖のため損傷した屋根修理、建具取替等に支出した費用

8、二〇万円、同様植字台、解版台、ケース、ゲラ、文撰箱たな等の修理代

9、四八一、〇〇〇円マリノ輪転機、鉛版設備修理代金

10、三、〇〇〇円、輪転機スイツチの修理代金

11、六三、五〇〇円、電気設備の修理代金

12、八万円、モーターの巻替代金

13、五万円、ガス、水道管の修理代金

14、四三万円、工場建物損傷により耐用年数が一〇年減じたことによる価額減

15、八二五万円、得べかりし利益一年分二、七五二、五二六円のところ、これを三年間得られなかつた損害

以上合計二〇、〇二六、四七五円の損害を受けた。

ところで、前記特審局係員のした本件工場閉鎖処分は、はなはだ不法なものである。

「アカハタ」の発行停止処分の適否をしばらく別にしても、その発行停止処分の執行としては、原告に対し「アカハタ」の印刷を禁止する旨通告ないし命令すればたりるのに、そのような通告命令をしてその実効を見ることもなく、突然暴力を用いて工場を閉鎖したのは、法令の根拠も、実際上の必要もない全く違法な行為である。

元来、連合国はポツダム宣言に明示されている目的実現のため日本を占領したのであつて、ポツダム宣言は、被占領国たる日本のみならず、連合国をも拘束するのであつて、連合国もこれを守る義務がある。従つて、連合国最高司令官もまた、右目的の範囲内において、日本における占領政策を実施する権限と義務とを有するのであつて、この範囲外に逸脱することは許されない。被占領国たる日本ならびにその政府は右目的から逸脱した最高司令官の占領政策、命令、指令、書簡等を批判し、これを是正すべき権利と義務とを有する。

ところで本件の「アカハタ」発行停止ならびにこれに伴う本件工場閉鎖処分が、最高司令官の指令ないし書簡に基くものだとしても、その指令ないし書簡内容はポツダム宣言すなわち占領目的に違反する違法無効なものである。これに対し批判是正の努力をつくさず、これに盲従した日本政府、その係官の行動は法律上の義務違反を敢てしたものである。すなわち、被告が本件処分の根拠として主張する昭和二五年六月二六日付、同年七月一八日最高司令官の書簡は、ポツダム宣言第一〇項に明示されている「言論、宗教、および思想の自由ならびに基本的人権の尊重」という占領目的に全く背反するものであり、同項前段の「日本人を民族として奴隷化する意図を有するものでない」との宣言に違反し、日本国および日本国民をアメリカ合衆国の極東政策に隷従させるものである。

かかる指令ないし書簡に盲従した公務員の行為によつて損害を受けた者に対し、被告はその損害を賠償する責任がある。

さらに、連合国の日本占領は天皇、日本政府等の日本統治機関の存在を前提としこれらを通じて行う、間接管理方式を原則としている。すなわち、最高司令官は日本政府に命令、指令を与え、日本政府は自己の責任において右命令、指令を実行すべく、その命令、指令にして我国の法令をこえるものがあるときは、日本政府として法令を制定ないし改正し、日本国民に対して適法な処分として、実行しなければならないことは当然である。

原告としては、被告のいう最高司令官の書簡なるものが、その命令ないし指令であるのか、本件工場閉鎖が最高司令官の直接管理としてなされたのかどうか、知らないが、本件執行が日本政府がその自主的責任において行つたものであることは、すでに昭和二五年七月二六日の国会法務委員会において法務総裁や特審局長の明言しているところである。

以上のように、原告のうけた前記損害は、国の公権力行使に当る公務員の故意違法な行為の結果なのであるから、被告国は国家賠償法に基いて右損害を原告に賠償する責任がある。それで、原告は前記損害中、四、八三八、〇〇〇円とこれにつき右不法行為より後の昭和二八年七月五日から支払ずみまで民法所定年五分の率による遅延損害金との支払を被告に求める。」

被告指定訴訟代理人は主文と同じ判決を求め、次のように述べた。

「原告が日本共産党中央機関紙日刊新聞「アカハタ」の印刷をしていたこと、昭和二五年六月二七日特審局の係員が原告工場につき「アカハタ」の発行停止処分の執行をし、原告主張の差押、封印等をしたこと、その処分が昭和二七年四月二五日(原告のいう四月二八日ではない)解除されるまで続いたことは認めるが、その他の原告主張は争う。

「アカハタ」の発行停止処分は被告国がしたものでなく、その執行も国の公務員が国の公権力を行使するものとしたものではない。

すなわち、連合国の日本管理方式は、間接管理を原則としていたが、占領目録達成のため必要な場合には、連合国最高司令官が直接管理をする権限を有していた。

このことは一九四五年九月二二日発表の「降服后におけるアメリカの初期の対日方針」第二部b項、同月二四日発表の「連合国最高司令官の権限に関する訓令」第二項、一九四七年七月一日発表の「日本に対する降服後の基本政策」第二部第二項等において明かにされている。

そして、連合国最高司令官が直接管理をする場合、日本政府の機関ないし職員を、自己の機関ないし手足として利用することもあるが、そのように利用された場合の日本政府機関の行うところは、日本国の行政行為ないしその執行行為ではなく、従つて日本国内法の制約に従うわけでない。その反面、それら機関ないし職員はその日本国の行政機関として有する裁量権に従つて行為することはできず、連合国最高司令官の指示命令に拘束される。すなわち、昭和二〇年九月二日降服文書に調印し、これを受諾した我国の国民、官庁の職員は、同文書の定めるとおり、連合国最高司令官が降服条項実施のため適当と認めて発する一切の布告、命令、指示、要求を守る義務があるのであつて、その命令指示等が、降服条項実施に適当なものであるか否については、これを決定する権限は一に右最高司令官にあるのであつて、日本国政府および国民は、(それが何人が見ても人倫に反すること明かであるというような場合ならば格別)最高司令官の発する命令指示等の妥当性を評価し、妥当性がないとして、これに従うことを拒否することはできない。

また、特定の指令等が、間接管理方式による日本政府への指令なのであるか、あるいは直接管理の一方法として発せられたものであるかを決するのも、最高司令官の意図のみであり、最高司令官の明示があれば、それにより決するべく、明示なければ、その指令の内容、関連指令等から、その意図を推察して決することになる。その指令の執行に当つたのが、連合国自身の係官であるが、日本国政府の機関がこれに当らしめられたかによつて決せられるものではない。

そうして、本件の「アカハタ」発行停止は連合国最高司令官が、右の直接管理権限に基いて指令したものであり、特審局職員がその執行としてした本件差押、封印等は最高司令官の機関ないし手足として、行つたもので、国の公権力を行使する立場においてしたものではない。連合国最高司令官は昭和二五年六月二六日内閣総理大臣吉田茂あての書簡により、「アカハタ」の発行を三〇日間停止させるため必要な措置をとるべき旨指令し、この指令を直ちに執行するように命じた。内閣総理大臣は右指令の執行を法務総裁に委任し、法務総裁はその執行を特別審査局長に命じた。特審局長は右指令を執行するについて指令にある「必要な措置」なるものの内容、これを執行するについて国内法上の措置を要するか否かにつき、連合国総司令部に問いあわせたところ、連合国最高司令官事務代行者の民生局長ホイツトニーから、右指令の趣旨はその指令自体をそのまま執行することを命じたもの、すなわち国内法上の措置を講じることを要しないものと解釈すべきこと、「必要な措置」とは「捜索、押収、印刷機械その他関係施設の封印、監視その他必要な一切の措置」を意味し、原告の代々木工場も捜索押収等の対象に含まれること、右指令執行后直ちにその結果を報告して連合国最高司令官の承認を求めるべきこと等、連合国最高司令官よりの有権的解釈ならびに具体的指示が与えられた。それで特審局長は同局職員とともに、その執行として本件差押等を実施し、即日その結果を総司令部に詳細報告したところ、すべて同司令部の承認するところとなつた。

右「アカハタ」発行停止の指令か、連合国最高司令官の直接管理としてなされたものであることは、右のように、国内法上の措置をとらず指令自体をそのまま執行すべく命じたこと、最高司令官が指令の要件事実を認定し、具体的執行命令を発し、その実施につき事后承認を必要とする等、指令執行につきすべて最高司令官の権限に留保し、日本国政府機関に裁量の権限を与えなかつたこと、日本の裁判所も右執行処分の取消、変更を求める訴訟、右処分が違法であることを前提とする民事上の争訟については裁判権を有しないものとされたことなどから見て明かである。

すなわち、本件に関する特審局職員の行為は、国の公権力を行使するものとしてなされたものでないから、「国の公権力の行使に当る公務員」の行為の存在を前提とする国家賠償法の適用されるべき限りではない。

仮に国家賠償法の適用があるとしても、前記のとおり、最高司令官の発する指令を守る義務のある政府職員として、最高司令官が直接管理のため発した指令をその有権的解釈と指示とに従い、実施せざるを得ずして実行したにすぎず、その命令の範囲を逸脱したところもないのであるから、違法な行為といわれるべきでない。

従つて、被告国として原告に賠償する責任を負うものではないから、その本訴請求は失当である。」

証拠として、原告訴訟代理人は甲第一、二号証、第三号証の一ないし一二を提出し、証人大橋武夫、梨木作次郎、倉田藤一の証言、原告代表者本人尋問の結果を援用し、

被告指定訴訟代理人は、乙第一ないし五号証、第六号証の一、二、第七、八号証、第九号証の一ないし七を提出し、証人吉橋敏雄吉河光貞の証言を援用し、甲第一、二号証の成立を認める、第三号証の一ないし一二の成立は不知と述べ、

原告訴訟代理人は、乙第一、二号証の成立を認める、第三、四号証の成立は不知と述べた。

理由

昭和二五年六月国の公務員である法務府特審局の職員が、当時発せられた新聞「アカハタ」発行停止処分の執行として、原告会社代々木工場内の輪転機等印刷機械、材料および右工場建物に封印し、原告の使用を禁じ、昭和二七年四月までこれを継続したことは当事者間に争がない。このような行為がされるに至つた経過については、成立に争のない乙第一、二号証、と証人大橋武夫、吉橋敏雄、吉河光貞の証言とによる、次のようであつたと認められる。

昭和二十五年六月二六日連合国最高司令官は、内閣総理大臣あてに、「日本政府がアカハタの発行を三〇日間停止させるために必要な措置をとることを指令する」旨の書簡を発し右指令は至急に執行するよう命じた。総理大臣は右停止措置の執行を法務総裁に委任し、法務総裁はその執行方を法務府特別審査局長吉河光貞に命じて担任させた。同局長は、右執行をするにつき、それは日本政府が連合国最高司令官の命を受け、国内統治の行為として行うべきものなのか、そうすれば、日本の法制に従い執行しなければならず、現行法にこれをなし得べき根拠がなければ、特に立法措置を講じる必要がある、それとも連合国最高司令官が占領当局者として日本管理につき保有する権限に基き直接右停止を命令し執行々為も自己の行為として行わしめる趣旨であるのか不明であり、また、右指令にいう「停止させるために必要な惜置」とはいかなる措置をいうのか明かでないので、これを確めるため、同日夜連合国総司令部係官に面会し、右の諸点をたしかめた。これに対し総司令部係官は、第一の点については、日本の国内法に基いて停止の執行をするべき趣旨でなく、右指令をそのまま執行すべきものであり、その執行をしたときは、そのてんまつを総司令部に報告すべきことを述べ、第二の点については、アカハタの編集、印刷、発行、配布に関する一切の資料、器材、施設を捜索、押収、封印、監守することを要する旨述べた。さらに、吉河局長は、アカハタの印刷をしているのは原告会社であるが、原告は日本共産党とは別個な、営利会社であることを述べたところ、総司令部係官は原告会社は日本共産党の支配下にある会社であるから、原告に対しても執行をすべき旨答えた。

右回答を得た吉河局長は、これを法務総裁、総理大臣に伝え、法務総裁から右回答に従い、ただちに執行をするようにいわれ、警察官および特審局員等とともに原告会社代々木工場に至り、前記の差押、封印を実施した。右差押、封印等は昭和二五年六月二七日午前一時ころから同四時ころにわたり行われたが、吉河局長は同九時ごろ総司令部に行き、右執行の状況を総司令部係官に報告し、その承認を得、さらに深夜の執行で原告工場工員の私有物を右工場建物内においたまま工場建物を封印したので、工員私物を建物外に引とらせることの承認を得、改めてこれを実行した。

ところが連合国総司令官は同年七月一八日、前記アカハタの三〇日間発行停止措置を無制限に継続することを指令したので、前記封印等はその後もそのまま存置されることになつた。その間原告から、原告工場ではアカハタの印刷ばかりしているのではないので、アカハタ以外の印刷営業をすることを許してもらいたいし、印刷機械保守のための手入をさしてもらいたい旨の陳情があり、吉河局長はこれについて連合国総司令部に連絡したところ、印刷機の手入れだけは、立会人が立合つてこれを行い、その後ふたたび封印することで認めるが、印刷に使用することは全く認めない旨指示があり、右手入れ以外には、封印解除、使用許可はなされずに終つた。

以上のように認められる。そして以上の事実に徴すると、前記「アカハタ」の発行停止に関する指令は、連合国最高司令官が、日本政府に対し、その国家統治権に基き「アカハタ」の発行停止処分をなすべき旨指令したものではなく、最高司令官がその権限に基き直接、「アカハタ」の発行を停止するべく命じ、その執行を日本政府の総理大臣を通じ日本政府職員に命じてなさしめたものであると解される。すなわち、この場合、連合国最高司令官は、その日本管理にあたりとることを原則としていたいわゆる間接管理の方式によることなく、直接管理の方式によつたものと認められる。連合国最高司令官がかかる方式による行動をとり得る権限を有することは、日本の連合国に対する降伏文書の条項によつて明かである。

そして、特審局係官が、原告代々木工場の封印差押をしたのは、連合国最高司令官の命に基き、右指令の執行をしたものに外ならないと認められるのであつて、しかもその実行したところは、すべて総司令部係官の指示に従い、その承認を得たものであること前認定のとおりである。

すなわち、右特審局係官のした本件差押等の行為は、国の公権力の行使としてなされたものではないこと、被告主張のとおりであるということになるけれども、その故を以て被告が国家賠償法に基く責任を負うものではないとはいえない。すなわち国の公権力を行使する地位にある公務員の行為が、国の公権力を行使するものであると見られる外形をとつている以上、その行為がたまたま内実において公権力の行使としてなされたものでなくても、国は右公務員の犯した不法行為につき国家賠償の責任を免れないものと解すべきところ、右特審局係官が国の公権力を行使する公務員の地位にあるものであることはもちろんであり、本件の場合たまたま連合国最高司令官の発した指令の執行機関として行動したものであつても、その行為は、本件証拠に現れたところでは、外形上は国の公権力を行使しての職務行為としか見られないからである。

然し、右係官の行為は結局連合国最高司令官の命令に従つた行為であることは前認定のとおりである。もとより、公務員の行為がその上級者の命令に従つたものであるからといつて、その内容が法律に反するものであるならば、一般に違法の責を免れるものではない。然し、連合国最高司令官が降伏条項を実施するため適当と認めて発した命令指示については、我国の国民は政府官憲を含めてこれに従うべき義務があることは前記降伏文書の定めるところなのであるから、その命令、指示が何人にとつて降伏条項実施の範囲外であることが極めて明白であるような異例の場合を除いては、その命令に従つてなされた行為は、それが我国法上から違法なのであつても、義務行為としてその違法性を阻却されるものといわなければならない。

ところで、本件特審局係官のした差押等の行為は、我国法上なんら法律上の根拠なくして他人の財産権を侵害したもので、一応違法なものといわれるべきものではあるが、それはすべて連合国最高司令官の命令により行つたもので、その命令の範囲を逸脱したものではないことは前認定のとおりであり、右命令はあるいは不当に苛酷であり、不合理と見られるかもしれないが、降伏条項実施の範囲外であること極めて明白であるとはいわれないわけであるから、これに従うべき義務がある特審局係官がこれに従つて行つた本件行為は、結局義務行為としてその違法性を阻却されるものというほかはない。

以上の判断は、甲第一、二号証、証人大橋武夫、梨木作次郎の証言から認められる事実を考慮しても、これを動かし得ず、その他右認定を左右するにたりる証拠もない。

そうすると、本件差押等の行為が違法であることを前提とする原告の本訴請求は他の点を判断するまでもなく、理由がないこと明かであることになるから、これを棄却し、訴訟費用は敗訴した原告の負担として、主文のとおり判決する。

(裁判官 石田哲一 西川正世 立原彦昭)

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